ウサギやキツネなどの動物や、身近な草花といったモチーフの貼り絵が、見る者の心をあたたかくしてくれます。石川実視(いしかわさねみ)さんは「貼り絵作家 sanemi」として、秋田市を拠点に活動しています。物語があり、見る人に寄り添う世界をつくり続ける石川さんに、これまでの歩みや創作について伺いました。
作品を楽しみにしてくれる人の存在が力に
─貼り絵作家になったきっかけを教えてください。
石川 貼り絵は自分のためにつくっていて、初めは公開するつもりはありませんでした。そんな作品が、家族を通じて秋田市内のカフェの目に留まったのがきっかけです。お声を掛けてもらい、貼り絵を始めた2001年の翌年にお店に作品を展示してもらいました。
さらに数年して「個展をやってみたらどうか」とのアドバイスを受け、アトリオンで開催することに。初めは会場の借り方も分からず手探り状態でした。個展「カケラ集め」は17年続けています。作品を楽しみにしてくれる方たちに背中を押してもらう形で、継続できたと思っています。
「貼り絵」という表現が合っていた
─独学で貼り絵を始めたとか。
石川 そうです、貼り絵もですが、絵やデザインを習ったことはないのです。会社に勤めたものの、社会になじめず仕事を辞めて引きこもりがちになっていた時期がありました。当時は20代でした。そんな中、山田かまち(17歳で夭折した画家、詩人)の著作に出会い、作品で心情を正直に表現する姿に衝撃を受けました。さらに、思い切って訪れた「高崎市山田かまち美術館」にあった貼り絵をみて、私もやってみたいと思ったのです。
絵を描いたり、写真を撮ったりしてもしっくりこなかったのが、貼り絵は私に合っていると感じました。直接描くよりもはるかに手間がかかるのだけれど、その時間が私にはよかったみたいです。自分の気持ちを表現できて、落ち着くというか。それから見よう見まねで制作するようになりました。
折り紙と液体のりだけで表現
─作品を見ると、とても細かい作業です。
石川 作品をつくりながら、だんだん今のやり方になったという感じです。以前の作品を取ってあるのですが、見返すと「まだまだ荒かったなあ」と思います。私の貼り絵は、表現したいものに合わせてすべてのパーツを手でちぎってつくります。輪郭がはっきりするよう、下絵のラインに沿ってきっちり貼っていくのがポイントでしょうか。
頭の中に浮かぶイメージを形に
─ウサギやリスなど、愛らしいキャラクターはどのように生まれたのでしょうか?
石川 ぼんやりと頭に浮かんだイメージを、時間をかけて形に落とし込んでいきます。例えば「ウサギをつくりたい」と思った時は、イメージに合わせて図鑑や動画などを調べて、自分が思い描く姿を探っていきました。スケッチもします。リアル過ぎるとイメージに合わないので、単純化するなど試行錯誤に時間がかかります。私は絵が上手くないので、さらっと描いたりすることができないんですよね。
─年ごとにテーマ的なモチーフがあるそうですね。
石川 そうですね。ことしはウサギとキツネでした。これまでは鳥だったり、魚だったことも。生き物が多いです。人物が作品に出てきたのはここ5、6年でしょうか。人物は描けないと思っていたのですが、ある時「ここに人を足したらいいのでは」とアドバイスをもらって、イメージを膨らませたところ予想外にすんなりとできました。時間をかけてひとつずつモチーフをものにしてきた印象です。
「いつも作品のことを考える」
─普段はどんな暮らしをしていますか。
石川 基本、自宅アトリエで制作をしています。貼り絵についてはあれもしたい、これもしたいと思っていて作業が追いつきません。貼り絵が好きで、いつも作品のことを考えています。アイディアが浮かばない時は、ペンとメモを持って散歩に出かけます。書店に立ち寄るのも好きです。
作業に没頭して何時間もぶっ通しということが以前はあったので、今は家族がいてありがたいですね。自分のことだけならどうでもよくなってしまうけれど、家族にご飯をつくったりしなければならないですから。
─個展「カケラ集メ」など、作品の発表を続けて得たものは何でしょうか?
石川 自分の心の平穏のためにつくっていた貼り絵でしたが、展示することでたくさんの反響をいただきました。個展ではそれぞれの貼り絵に文章を添えているのですが、それらに「私も同じように感じます」などと共感していただき、驚くと同時にうれしく思っています。悩んでいる時「自分だけではない」と思えると、気持ちが楽になりますよね。また、作家さんに出会う機会にも恵まれました。
─「オルタシア舎」も公開していますね。
石川 中古住宅をリフォームして、2012年に自宅兼アトリエ「オルタシア舎」をオープンしました。当初は主に制作と、オーダー品のお引き渡しに使っていました。展示会をするとよく「貼り絵を教えてほしい」というお声をいただくので、2019年から体験教室を始めました。現在もアトリエの公開日を設けて予約制で体験教室もしています。
「つくりたいもの」と「求められるもの」両方
─これから取り組んでみたいことは何でしょうか
石川 「自分のつくりたいもの」をつくってきましたが、オーダー作品を手掛けるようになって「みんなはこういう感じが好きなんだな」というのが分かるようになりました。やはり、身近に飾るなら楽しい雰囲気のものがいいとか。新築や出産祝いなどにしてもらい、喜んでいる姿を見ると、人に求められるものをつくることにもやりがいを感じています。
「布地があったらいいのに」と言われることもあり、将来、私の貼り絵が布地など別な形で使えるようになるのも楽しそうです。
─最後に、何かを始めたいと思っている秋田の女性たちにひとことお願いします!
石川 私がそうだったように、やりたいことがあったら一歩前に進んでみることをお勧めします。特に女性は仕事や家庭などで忙しくて自分の時間をつくるのが大変ですよね。私が「紙をちぎって貼る」ということで心の安らぎを得ているように、好きなことに少しでも時間をつくれたら日常がより楽しくなるのではないでしょうか。
作品を見て想像していた通り、柔らかな雰囲気をまとった石川さん。しかし現在に至るまでさまざまな経験を重ねてきたことが、お話を伺って分かりました。3ミリ角ほどの紙片をひたすら貼り重ねてつくり上げる繊細な貼り絵には、時間を忘れて見入ってしまいます。最近は木材に貼り絵を施すなどの新しい表現方法にも取り組まれていて、今後の活動にも注目です!