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いのちに触れて、描く。マタギだから見える景色が広がるキャンバス

絵画作家 永沢碧衣さん

横手市在住の画家、永沢碧衣(ながさわあおい)さんの「山景を纏う者」を初めて見た時、私は絵の前で立ちすくんでしまいました。呼吸。咆哮。鼓動。怖いほどの、静寂。
作者のプロフィールを見ると、1994年生まれ。ま、まだ20代?!そして、続けて書かれた言葉に、唖然としました。「現在は狩猟免許を獲得し、マタギとして活動しながら作品制作を行っている」。マ、マタギ?!この絵を描いた永沢さんとはいったいどんな人で、どんな思いで作品を生み出しているのか。お話を伺ってきました。

(マタギのイメージとは逆に、小柄で、はにかんだ笑顔がかわいい永沢さん)

(グループ展 Land Scope会場。手前の大きな絵が「山景を纏う者」)

「根源」を描く

訪れたのは、横手市にある浅舞スタジオ群青。描きかけの猫の絵がお出迎えしてくれました。

永沢 この絵は、我が家で暮らす猫のヒロがモデルで、2020年に描いた「邂逅の夜」の続編なんです。「邂逅の夜」で描いたのは、祖母の手と亡くなった猫。対してヒロは、今を生きていて、希望に満ちています。でも交通事故で前の子を失った家族の気持ちと、ヒロの好奇心は相反していて…。ヒロが何を見て、何を感じているか。モデルを取り巻く環境、想い、人生の本質を考えて描いています。

(内蔵のある旧商店を改装した浅舞スタジオ群青)

(制作途中のヒロくんの絵)

(2020年の作品「邂逅の夜」)

—他の作品も、実際に足を運んだり取材したりして描かれているんですか?

永沢 はい。秋田公立美術大学で専攻したアーツ&ルーツ(※1)の影響かもしれません。在学中に、作風がドンと変わったきっかけがあったんです。遡上しきれなかった鮭を描いた作品を見た先生から「鮭が実際にのぼって来るところ、見てないでしょう」と言われて。悔しくて実際見に行ったら…鮭がのぼってくる姿は、すごく、ものすごく、壮絶だったんです。「こんな感じかな」っていうイメージだけで描いたことが、鮭にも、関わっている人たちにも、失礼だったなと思いました。描きたいものに応じて、大きさや画材を変えるようになったのもその頃です。


(※1)アーツ&ルーツ:フィールドワークや取材によって、地域の文化、歴史などの物事の根幹を見つめ、それを自分の表現で作品にする専攻。

(その後、卒業制作で鮭の遡上を描いた「淵源回帰」。6600×1660mmの大作に)

—今制作中の作品も大きいですね。描くのに時間がかかりそう…。

永沢 今制作中の絵は、VOCA展(※2)に出品するものです。描く時間より、描くまでの時間の方が長いです。頭の中にあるものを繋ぎ止めて、スケッチブックに書き出して、自分の中に落としこんでから描いています。


(※2)VOCA展:国際的に通用する若い作家支援を目的に開催されている現代美術展。永沢さんは全国の若手画家29名の中の1人に選ばれました。

マタギへの憧れ

—マタギを始めたのは、絵を描くため?怖くはないですか?

永沢 怖いです!実際に銃を持って山に入って…いざ出てきたらどうしようって思います。でも、怖くても絵のためにやっているというわけではないんです。
絵の取材を通じてマタギのレジェンドにお会いした時、すごい衝撃だったんです。体力、精神力、経験値、人間としての強度…こんな大人になりたい!って思いました。
山に入ると、もちろん過酷な環境に身を置くことになりますが、マタギに必要なのは、体力や精神力だけではないんです。仲間も自分も、絶対に命を落とさずにプロジェクトを遂行するためには、受け身ではいられません。山の中の危険な足場やルートなど、検索しても得られない情報のために、高齢の方に会いに行ったこともありました。危機管理能力やコミュニケーション能力など、日常でも必要なあらゆる力が鍛えられています。
ただ、山の神を信仰し、自然と熱く関わるマタギの、胸の内側から見える景色を描きたいという思いはあります。

(アトリエにある熊の毛皮)

命から作る画材、熊膠(くまにかわ)

—画材を、熊の毛皮から作っているんですよね。

永沢 はい、膠(にかわ※3)を作っています。毛足の短い夏の毛皮は冬毛と違って、貰い手がなく土に返してしまうことが多いんです。何かに使うことはできないか考えていた時、マタギの古書の中で熊膠という、今はなくなってしまった文化を知りました。有害駆除で捕まった熊の毛皮を頂き、試行錯誤しながら手作業で挑戦しています。
肉は人が食べ、骨は犬が食べ、爪や皮は装飾品になって、私の場合はそこに絵が加わる。熊で熊を描くことで、その子は「残り続ける」ことになるのかなと思うんです。もしかしたら、描いた私以上に。


(※3)膠:顔料を紙に定着させる時に使います。市販されているものの多くは牛の骨、皮、腱などを水で煮た液を乾かし、固めたもの。

(皮から煮出した動物性タンパク質を乾燥させ、膠にします)

「伝える」作品

—絵本も手掛けていらっしゃるんですよね。

永沢 はい。日本各地の歴史的・文化的な食材を、次世代の子ども達に伝えるプロジェクトの一環で、「ハタハタ、け」という絵本を描かせて頂きました。秋田は、しょっつるがテーマです。漁師さん、製造する方、環境保護の方、料理に使う方…いろいろな立場の方が関わっていますが、私はあえて誰かの目線ではなく、ありのままよそ者の目線で描こうと思いました。「ハタハタ島」という架空の島が舞台の、今昔物語のようなイメージです。ハタハタのシルエットの中に、ハタハタに関わる人たちの暮らしを描いた大きな風景画を描いて、それをトリミングしてページを連ねる構成にしました。

神戸で行われたイベントで読み聞かせをしたのですが、ハタハタを知らないお子さんたちの反応と、家庭からしょっつるが消えて行っている現状とが重なりました。もしかしたら秋田の子どもたちも、ハタハタを食べることがない未来がくるかもしれない。絵本を通して、歴史や文化を伝え守り繋いでいくことができたらと思います。

変わりゆく自然

—秋田内陸縦貫鉄道の秋田マタギ号(※4)の天井画も、永沢さんが描かれたんですよね。

永沢 はい、車内で何を感じてほしいのか、内陸線の方々と打ち合わせを重ねて制作しました。窓の外に実際の風景が見えるので、私は阿仁に暮らす人たちの目線で見えるものを描こうと思いました。川の中に入らないと出会えない魚、山の中の獣…。自然は四季折々違う顔を見せるし、1年1年変わっていくので、心の風景も移り変わります。消したり書き加えたりできるチョークを使って表現して、それを印刷してもらいました。

(※4)秋田マタギ号:毎週土日は鷹巣ー角館間を走る「急行もりよし号」が観光車両での運行になります。秋田マタギ号が走るのは第1・2・4・5土曜日。

造形作家の父と開催した親子展

—父親の造形作家 永沢敏晴さんに影響されたことはありますか?

永沢 父と私は、タイプが全然違うんです。同じように生き物をテーマにしていても、食べたり膠にしたりして関わりたい私とは対照的に、父は釣った魚も食べることができない人。父は純粋に作ることが好きな人ですが、私は、「どう届けるか」まで考えていきたいんです。伝え方や演出の仕方にも興味があって勉強していたので、親子展も、ポスターから展示まで、私が考えました。

(親子展の様子。永沢さんの描く生命力溢れる作品に囲まれて、敏晴さんの魚たちが泳ぐ。幻想的な空間)

自分の絵で、人と繋がる

—ワークショップなどの活動もされているんですよね。これからやってみたいことはありますか?

永沢 アートに限定せず、ものづくりにも関わっていきたいです。子供向けの絵画教室なども開催しています。「絵を見せる」以外の活動も、もっとしていきたいです。今の私が「楽しい!好きだ!」と思えることを、より分かりやすく伝えることで、「食べるってなんだっけ?」など、日常の中に旗を立ててもらえたら嬉しいです。

(2022年の作品「静観者」)

謙虚で素朴なお人柄の中に秘めた、強さが永沢さんの魅力です。知りたい!描きたい!という衝動に突き動かされてどんどん行動し、追求し、作品にも生き方にも絶対に妥協をしない永沢さん。本当に格好いいです。永沢さんの絵に、人がなぜあんなに引きつけられるのか。それはきっと、技術力や表現力だけではなく、絵に込められた想いの力が強いから。秋田が誇る表現者の1人である永沢さんの活躍から目が離せません!

DATA

【永沢 碧衣 さん】

1994年生まれ、秋田県横手市出身。
秋田公立美術大学 アーツ&ルーツ専攻 卒業。
絵画作家として活動しながら、狩猟免許を取得。
現在はマタギ文化に関わり合いながら、絵画作品制作、イラストビジュアル制作、絵画教室、SNS写真撮影、クリエイティブユニット「パシャパ舎」など幅広く活動している。

【浅舞スタジオ 群青】
住所/横手市平鹿町浅舞浅舞394
E-mail/ 18murasaki@gmail.com
ご依頼、販売、展示、ワークショップ開催などのお問い合わせはE-mailへ

キーワード

秋田県内エリア

Writer

畠山彩

畠山彩

整理収納アドバイザーとして講座、講演、お片づけサポート等で活動中。 汚部屋暮らしから片付けのプロになった「めんどくさい」が口癖の2児の母。 時短、楽ちんな暮らしで、年間100冊本を読むおうち時間を実践。チャイルドコーチングの資格も保有。
https://mottoakita.com

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