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「社会って、みんながいて成り立っている」”優しい社会”をつくる福祉への挑戦

株式会社こばと 代表取締役 船木 直子 さん

高齢化が急速に進む秋田。誰もがいつかは高齢者となり、家族や自分が病気や障害を持つ可能性だってあります。そんな時、頼りになるのが福祉サービス。株式会社こばとを立ち上げた船木直子(なおこ)さんは、4人の子どもを育てながら、多角的な福祉事業にチャレンジしています。2022年12月には、就労継続支援B型作業所「パンと雑貨 コバトのコトバ」を男鹿市にオープン。さまざまな挑戦を続ける船木さんの原動力とは?

きっかけは、祖父の死

−船木さんが福祉の世界に進んだきっかけを教えてください。

船木 22歳の時に、大好きな祖父が難病で亡くなったことです。脳梗塞と難病で介護状態だった祖父に対して、「おじいちゃんは病気を治療しているんだ」「しっかり休んで、病気を治せば大丈夫だ」と考え、危ないことをさせないようにしていて…。あの時しっかりリハビリしていればと、後々になって後悔しました。

(おじいちゃん子だったという船木さん)

−その想いが、今のお仕事につながったんですね。

船木 そうです。その時一番ショックだったのは、足が硬直して棺桶に身体が入らなかったこと。あんなに穏やかでいい人だった祖父が、難病と戦って、痛みからやっと解放されたのに、どうしてこんな死に方をしないといけないの?と自問自答しました。そして、自分に知識があれば何か変えられたかもしれないと思い、当時勤めていた薬局を退職。3か月かけてヘルパーの資格を取り、福祉業界へ転職しました。

−転職のきっかけになったお祖父様は、船木さんにとってどんな存在だったのでしょう。

船木 私の両親は共働きで忙しく、小さい頃はいつも祖父母の家で過ごしていました。なので祖父母は、私にとって一番身近な家族です。人見知りな私が、今おじいちゃんおばあちゃん相手だとなんだか落ち着くのも、祖父母と過ごした日々があったからです。

楽しみのある人生のために、必要な支援を

−転職後は、どんなお仕事をしていましたか?

船木 訪問介護、デイサービス、老人施設で勤務し、さまざまな病気や障害に向き合う人と出会い、人間の儚さや思いやりにふれました。長男を出産する27歳の時に退職し、31歳で次男を出産。その間は、父が営む自動車屋を手伝っていたんですが、32歳の時にタクシー二種免許をとって、要介護者の通院・通所・お出かけを支援する一般旅客自動車運送業(福祉限定)の「おでかけ介護こばとケアタクシー」を始めました。

−開業にあたって、なぜタクシーを選んだんですか?

船木 祖父の介護や訪問介護の仕事をする中で、楽しみのある人生の大事さを感じていたからです。病気になっても遊びに出かけられる、社会とつながっていられる。そんな福祉を提供したいと思って行き着いたのが、「おでかけ介護こばとケアタクシー」でした。お出かけに同行するご家族も安心できるように、家事代行サービスも同時に始めました。その後、介護保険の訪問介護、障害者総合支援法の居宅介護、重度訪問介護、同行援護、そして福祉有償運送の申請も行い、住み慣れた地域で暮らすのに不可欠な通院や自立支援のための買い物支援を開始しました。

−”こばと”という屋号に込めた想いは?

船木 鳩は幸せの象徴であることと、山鳩を飼っていた経験から、鳩が自分にとっての癒しであることが由来です。誰もが心穏やかに過ごせるように、人の気持ちを大切にした事業所にしたいと思っています。

(尊敬する利用者さんの名前や、想いを言葉にする大事さなど、色々な気持ちも込められた鳩のロゴ)

社会とつながる場所

−多様な事業を行う船木さんですが、2022年には「パンと雑貨 コバトのコトバ」も開業したんですよね。

船木 はい。さまざまな福祉事業を行う中で、若くして難病や認知症になった人にとっては、社会との隔たりが一番の障害だと気づきました。社会とつながる場所をつくりたいと思い、就労訓練と社会活動の場として就労継続支援B型作業所「パンと雑貨 コバトのコトバをオープンしました。ここで働いているのは病気の人、障がいのある人です。社会ってみんながいて成り立ってるんだってことを知ってほしくて作った、働く様子が見える大きな窓がポイントです。

−お店のコンセプトは?

船木 ここは、それぞれの得意分野を活かしてみんなでつくっていくお店です。現在、就労訓練として利用する人は14名、利用者さんを支える職員は私を含めて22名が働いています。福祉施設っぽくないデザインのお店なのでパッと見では分からないんですが、介護福祉士やサービス管理責任者など、福祉のプロが集う福祉の拠点でもあります。

人生は一度きり。いつも最善、すぐ行動!

−介護タクシーにパン屋さん。バイタリティあふれる船木さんのモットーは?

船木 大事にしているのは、いつも最善を尽くし、すぐ行動することです。人生は一度きりなので、やりたいことを思いついたらすぐひらめきノートと名付けたノートに書くようにしています。後から点と点を結んでいくと、行動すべきことが見えてくるんですよ。ただ、やりたいことを思いついても書類や税金のことが本当に大変で…。福祉以外のことは専門じゃないので、やりたいことをやるために周りに助けてくださいと言う素直さも大切にしています。

(何冊もあるひらめきノートには、船木さんの頭の中が可視化されています)

−船木さんは4人を育てるお母さんでもあります。子どもたちはお母さんの仕事について、何か話していますか?

船木 実は先日、次男が「将来、介護福祉士になりたい。お母さんにみたいに、困っている人を助けたい」と言ってくれて。事業が忙しくてなかなか子どもたちの相手をしてあげられないのですが、親の背中を見てくれていると知って感激しました。それに、息子の1人が文字の読み書きに困難があるディスレクシアという障害を持っていることがきっかけで、児童発達支援管理責任者の資格も取得しました。困難を持った子には周りの理解がどうしても必要で、そんな優しい社会をつくるために自ら学び、発信していきたいと思っています。

(もともと障害者支援施設で働いていたという夫の広大さんは、子育て・事業両方を支えてくれるパートナー!家事・育児、料理もお手のものだそう)

−最後に、これから船木さんがやりたいと思っていることを教えてください。

船木 地域のボランティアシステムをつくりたいと思っています。もう10年も経てば人口減少はさらに進み、今の福祉システムは成り立たなくなります。自分たちのまちのこと、人生のことを、専門職だけでなく地域の人と勉強していきたい。「コバトのコトバ」に設えた黒板を使って、セミナーを開催することも考えています。日々子育てと事業であっという間に1日が終わるくらい奮闘していますが、誰もが挑戦できる場をつくるために、行動していきます!

パワフルなのに優しさにあふれている。天真爛漫なのに人生の儚さも知っている。船木さんのお人柄は、福祉の喜びと悲しみをそのまま表しているように感じます。「福祉に携わる中で、印象的な出来事は?」と尋ねると、利用者さんからもらった手紙、ご家族からのメールを大事にしていることを教えてくれました。一人ひとりに寄り添い、支える船木さんの姿は、秋田の未来を明るく照らしてくれています。

DATA

【株式会社こばと 代表取締役 船木 直子 さん】
男鹿市生まれ、在住。4児の母。株式会社こばと代表取締役。
仙台市にある専門学校で医薬学を学んだ後、薬局に3年勤務。22歳の時、ヘルパーの資格を取得して介護福祉施設に転職。10年後に二種免許取得とともに介護タクシー事業を、同年に訪問介護事業を始める。2022年、男鹿市船越に就労継続支援B型事業所として「パンと雑貨 コバトのコトバ」をオープン。

パンと雑貨「コバトのコトバ」 Instagram

Writer

平元 美沙緒

平元 美沙緒

徳島生まれ、秋田市在住。一児の母。まちづくり、子育て、クラフト、農村、伝統建築に興味のアンテナあり。まちづくりに関する話し合いの場の進行・企画を行うまちづくりファシリテーターでもあります。おしごとブログ
http://section-a.jugem.jp/

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