原生的なブナ林が約13万haもの広大なエリアに広がる貴重さから、世界遺産に登録されている白神山地。昨年2月に富士山麓の町から藤里町へ移住した白鳥万里さんは、幼い頃から森林に親しんで育ち、大きなブナの木が大好きだという25歳です。白神山地の玄関口である「白神山地世界遺産センター 藤里館」(※以下、藤里館)を拠点に、「自然アドバイザー」として森の魅力を伝える活動をしています。
白神山地の玄関口で森の魅力を案内
ー「自然アドバイザー」というのはどんなお仕事ですか?
白鳥 主に「藤里館」を訪れた人に、白神山地についての説明や案内をしています。館内の展示を使ったり、藤琴川に連れて行って水の綺麗さを見せたり。あとは、授業で岳岱自然観察教育林(※1)へ登る小学生向けに事前学習やガイダンスを行ったり、遠方向けのオンライン授業など、教育関係の仕事もありますね。その他SNSでの発信や、インターネットを通したお問い合わせにも返信しています。
(※1 白神山地の原生的なブナ林を誰でも気軽に楽しめるように整備された森)
ー年間でどれぐらい山に入るんですか?
白鳥 去年は年間で53回でした。季節を問わず最低でも週1回は入ることを目標にしているのですが、去年は冬にあまり入れなくて悔しい思いをしたので、今年はもっと頑張りたいです!
本当は毎日入りたいんです。出合える動物も、花やシダ、キノコの姿も毎日全然違うので。見るものが多すぎてキョロキョロ見渡しながら歩くので、しょっちゅう頭をぶつけたり、つまづいたりして、一緒に行く人に呆れられています(笑)。
子どもの頃からブナの木と森が好き
ー白神山地に惹かれたきっかけは?
白鳥 静岡県小山町という富士山のふもとの町出身で、父が富士山のガイドの仕事をしていたので、幼い頃から日常的に山に行っていました。特に、山麓にある大きなブナの木が子どもの頃から大好きで、中学生の頃に地域教育の授業で白神山地を知った時、「『ブナの森』があるんだ!」と思ったことを覚えています。
白鳥 白神山地にはいつか行ってみたいと思っていたのですが、実際に藤里町に来たのは現職の最終面接が初めてでした。着任までの一年間は、父の仕事の手伝いをしながら月1回のペースで藤里町に通って、前任の方と一緒に色々な場所を見て回りました。初めて白神山地に入ったのは春だったので、とにかく山菜の豊富さに驚きましたね。富士山にも山菜はありますが、量も種類も比較にならないほどで。それだけ豊かな森なんだなと感じたのを覚えています。
険しさゆえに守られてきた、白神山地の貴重な自然
ー白神山地の魅力ってなんでしょう?
白鳥 人の影響が濃い富士山と違って、白神山地は険しさとアクセスの悪さのおかげで、本来の自然がそのまま残っているんです。奥地にある小岳の山頂に立ったとき、谷や沢の多さ・深さがよく見えて、この険しさゆえに自然が守られてきたんだなと実感しました。
白鳥 冬の白神山地も好きですね。生い茂っている笹が2~3mの積雪の下になって、見晴らしのいい明るい森になるので、山からの眺望も素晴らしくて。ガイド協会が主催している「エコツアー」では冬のトレッキングイベントもあるので、ぜひ参加してみてほしいです。誰も踏んでいない雪の上を歩くのは本当に楽しいですよ!
白神のシンボルとの別れと、次世代への期待
ーこの仕事をしていて、思い出に残っていることはありますか?
白鳥 私が着任してすぐの2022年3月、白神山地のシンボルツリーである「400年ブナ」が倒れているのが発見されたんです。前年の秋の引継ぎ期間にその力強い姿を見ていたので、横たわっているのを見た時は本当に衝撃的でした。
白鳥 もちろん淋しさは感じますが、実は悪いことばかりではなくて。倒れた400年ブナは、これから20~30年かけてゆっくりと土に還り、次の世代の養分になります。大樹が倒れてぽっかり空いたエリアを見ながら、これからどう変わっていくんだろうって考えるとワクワクするんです。
藤里町の子ども達に現地でその話をしたら「また見に来なきゃ」って言ってくれて。「でも何十年もかかって変わっていくんだよ」と言ったら「じゃあ、自分の子どもや孫にも伝える!」と。その反応がすごく嬉しかったですね。
森を守るために、みんなに白神山地のことを知ってほしい
ー他に、「自然アドバイザー」という仕事をしていて嬉しかったことは?
白鳥 花の様子や紅葉など、現地の状況をリアルタイムでSNSやホームページで発信しているので、それを見て実際に見に来てくれた時は嬉しいです。いつも来てくれる新聞記者の方に「今が取材のチャンスですよ!」と直接連絡することもあります。
ー自分が好きというだけでなく、たくさんの人に見てほしいんですね。
白鳥 「どうして大事なのか」「何が凄いのか」ということを、できるだけ多くの人に見てもらい、知ってもらうことが、森を守っていくための第一歩なんです。元々白神山地が世界遺産に登録されたのも、林道を通す計画に対して、地元の人たちが反対の署名活動をして森の貴重さを訴えたことがきっかけのひとつです。そのおかげで今は世界遺産の国有林としてきちんと守られていますが、その価値を知っている人が少なくなると、「ただの未開発のいらない土地」だと判断されてしまう日が来ることだってあるかもしれません。
白鳥 なかなか人が立ち入らないからこそ守られてきた白神山地ですが、反面、その素晴らしさに直接触れてもらう機会が少ないという課題もあります。ぜひ、一度でもいいから自分の目で見てほしいと思っています。だから、遠方の子ども達にオンライン授業をする時も、「できれば来てみてね」と伝えています。
ーずっとこの仕事を続けたいですか?
白鳥 もちろん!森って、数年見ただけでは何もわからないんです。長い年月をかけて変わっていく姿を、できる限り長く自分の目で見届けていきたいと思っています。
ブナの木の幹に付けられた熊の爪痕さえも、恐れるどころか「いつ、どんな風に付けられたのか想像してワクワクします」と話す白鳥さん。森林に棲む動植物やブナの木について、話し出したら止まらない!というように生き生きと話す姿が印象的でした。白鳥さんのお話を聞いたら、きっと誰もが白神山地に足を踏み入れてみたくなりますよ♪