全国新酒鑑評会、東北清酒鑑評会など権威ある賞を毎年受賞している”高清水”を製造している県内最大の酒蔵「秋田酒類製造株式会社」。蔵人を率いる杜氏を筆頭に、男性社員たちが酒造りに精を出している中、冨岡浩子さんも女性でたった一人、男性の中に混じって酒造りをしています。女性で初めて山内杜氏組合の杜氏試験に合格し、副杜氏として働いている冨岡さんにこれまでのお話を伺いました。
-まずは、小柄な冨岡さんにびっくりです。小柄なこの体で力仕事である酒造りをしているのがすごい!と思ったのですが。
冨岡 身長155㎝です。小さいんです。小柄だし、やはり女性なので、男性の2倍仕事に時間がかかるんです。1人で1回で運べるところを、私は2回かかる。それでも、蔵で仕事をしている仲間が温かく見守ってくださっているので、私でも酒造りができるのだと思います。
研究員から蔵人へ
-なるほど。冨岡さんの熱意もあるでしょうし、仲間の支えや理解があるからこそなんですね。そもそも高清水で働こう、と思ったきっかけはなんだったのでしょう?
冨岡 日本女子大理学部で、微生物の研究をしていました。でも、具体的な目標があったわけでもなく、東京でずっと暮らしたいという気持ちもなかったので、卒業したら秋田に帰って就職しようと漠然と考えていた程度でした。高清水への入社もAターン就職会で、酒造りは微生物でもあるし面白そうだな、となんとなく思った程度です。入社して最初は、製造部にある3、4人の研究室で新酒造りのために必要なお酒の分析をしたりするのが主な仕事でした。
-研究職から、酒造りに携わるまでにはどんないきさつがあったのでしょう?
冨岡 研究をしていると、酒造りの現場へ出向き杜氏や蔵人へ報告や相談に行く機会がたくさんあります。現場へ行く度に、今は亡き皆川杜氏が、「ちょっと手伝ってくれ」と現場の仕事をよく手伝わせてくれたんです。そこで、蒸米に麹菌が生えて行く様子や、醪(もろみ)が発酵していく様子を目の当たりにし、酒造りを肌でヒシヒシと感じ、面白さや魅力を感じていました。
研究よりも体を動かす方が好きで実際に体験する方が自分には合っているんです。そんな私の気持ちの変化を感じ取ってくださった製造部長から、「まずは酒造技能士の試験を受けてみなさい」と勧められ、技能士の資格を取得しました。その後、酒造りの現場への配属を進めてくださり、酒造りに携わるようになりました。
女性初の山内杜氏試験合格者となる
-その後、山内杜氏試験を受けて合格し、副杜氏となったわけですね
冨岡 高清水には、御所野蔵や千秋蔵と呼ばれる工場のような広い蔵と、仙人蔵と呼ばれるすべて手作業で酒造りを行う小さな蔵があります。広い蔵での仕事に携わるにも、まずは手作業で酒造りを覚えてからでないと難しいため、若手社員は仙人蔵で酒造りを学びます。
私も、そこからの修行に始まり、入社7年目にして山内杜氏試験を受けさせてもらって合格しました。それ以降、副杜氏という名目が付いたという感じですが、仕事内容は至って変わりません。ただ、山内杜氏試験に合格したことで、「これを一生の仕事にする!」という覚悟が決まったように思います。
-どんな杜氏になりたいか、など目標はありますか?
冨岡 本社の蔵を率いている菊地杜氏を見ていると、大らかでプレッシャーがあるようには見えませんが、毎年、たくさんの方々が様々な角度からお酒の評価をされます。高清水ファンの方たちが思っているようなお酒を変わらず造り続けること、守り続けることが杜氏としての役目。
「変わらず守る」ということは簡単なようでいて大変なことなのですが、その責任感を感じながらも結果を出せる杜氏になれたら、と思っています。
-デザート純吟という商品は、主に冨岡さんが開発したお酒だと伺いましたが
冨岡 女性向けのお酒を造って欲しい、という社長からの依頼で、携わらせて頂きました。日本酒に馴染みのない女性の方にも飲んで頂けるよう、果実酒のように甘酸っぱく、かつ日本酒らしさもあるお酒にしようと思って作りました。ワインのようなお酒なので、チーズなどのおつまみやスイーツにも合います。
-現在はどのようなお酒造りをされているのでしょうか?
冨岡 仙人蔵では、主に吟醸酒を造っています。仙人蔵限定酒として和賀山塊というお酒造りにも携わっています。12月からは新酒のシーズンが始まるので、忙しくなりますね。大変な作業が多いですが皆さんにおいしいと言ってもらえるように一生懸命に取り組んでいます。
母として蔵人として
-また、プライベートではお子さんが生まれてお母さんになったと伺いました。産休、育休を経て仕事に復帰されたとか。子育てと仕事の両立はどうされているのでしょう?
冨岡 産休や育休を頂けたのは、歴代の女性社員の方々が苦労して、その制度を整えて下さったからこそと、とても感謝しています。また、蔵の人たちの理解があったから、お休みを頂けたし、現場に復活させて頂くこともできました。
1歳になったばかりの息子の体調不良でお休みや早退を頂いたり、泊まり作業も免除してもらったりする中でも、皆さんから温かい声を掛けて頂き、現場の仕事もさせて頂いています。それが申し訳なくもあり、ものすごくありがたい。仲間に恵まれているな、とつくづく思っています。
また、家では、バタバタと慌ただしく、夫に手伝ってもらって家事や育児をやっとこなしています。朝早い出勤の日には、息子のことも家のこともすべて夫に任せて急いで家を後にすることもありますが、それでも愚痴をあまり言わない夫にも感謝をしています。
子どもが大きくなったら、たくさんの人たちの支えがあって大きくなったんだよ、と伝えたいと心から思っています。
-子育てをしながらやりたい仕事を続けることはとても大変なことだと思います。仕事の目標としてはどんなことがあるのでしょうか。
冨岡 飲んだ方が幸せな気持ちになれるような、喜んで頂けるようなお酒造りをするため、誠実な仕事を続けていきたいです。今、職場の方にたくさん助けて頂いている分、恩返しをしていけるよう頑張りたいと思っています。
謙虚さと誠実さ、女性ならではの気配りができる冨岡さん。女性だからこその体力的な苦労や子育て中の気苦労など、様々な苦労がありながらも、「これで生きていく!」という覚悟がとても頼もしく凛々しく感じられました。お休みの日は、”鍋にあつかん”が定番スタイルという冨岡さん。息抜きの時間も楽しみながら、これからも秋田を代表するお酒を造っていって欲しいです。