湯沢市川連。漆器や仏具職人が多いこの町で、2020年4月、パティシエの髙橋美月さんによるフランス焼菓子の専門工房「M lab.(エムラボ)」がスタートしました。大人の女性もその美味しさのあまりつい独り占めしたくなる、魅惑のお菓子をつくる髙橋さんに、お菓子作りに対する想いを伺いました。
お菓子づくりが大好きな女の子が選んだプロの道
ーそもそも髙橋さんはどうしてパティシエを目指すようになったのですか?
髙橋 毎日のようにお菓子を作っていたので、小学生の頃から自分はパティシエになるもの、と思っていたんです。熱しやすく冷めやすい性格だけど、お菓子だけはずっと興味が続いていて。最初はクッキーとかホットケーキから始まったのですが、一発ではうまくできない。どうやればおいしく作れるかと思って、レシピを変えては作って違いを調べる、を繰り返していました。
高校卒業後は当たり前のようにパティシエの専門学校に進もうとしたのですが、意外なことに両親に反対されて(笑)。一旦大学に進学したのですが、やっぱりとにかくお菓子づくりの経験を積み重ねたくて、両親を説得して半年で大学を辞め、アルバイトで学費を貯めて、翌年の春に専門学校に入りました。
ーすごい決断力と行動力ですね。それまでは自分自身で試行錯誤していたお菓子づくりでしたが、学校で学ぶお菓子づくりはいかがでしたか?
髙橋 とりあえず実習をしたかったので、1年制で実習メインの学校を選びました。作る過程と結果が腑に落ちて、理解が深まっていきました。卒業後は都内のケーキ屋さんへ就職しました。
厳しいパティシエの世界へ飛び込んで
ー晴れてパティシエに!とはいえ、現場はなかなかハードだったとか…。
髙橋 そうですね。パティシエは、粉などの重いものを運んだり、生地を混ぜ続けたりする作業がメインの世界です。男性の方が力や体力、将来的にも仕事が任されやすく、一緒に入社した同期であっても男性の方が先に重要な作業を任されていったりする。正直体力では男性に叶わないと認めざるを得なかったけれど、同じようにやりたいのにできない自分がはがゆくて悔しいし、そういう業界の環境に対してもストレスを感じてしまったんです。
迷っていたその頃、目をかけていただいたシェフが、私のステップアップのために次のお店へ推薦してくれるという話をいただいて。でも次のお店ではいわゆる雑用からのスタート。やりたいのは作る技術を学ぶことだけど、厨房に入れるかどうかはわからないし、もしかしたら販売に回されるかもしれない。そんな中で尊敬するシェフの名前を背負って次のお店へと進む自信も勇気も持てなくて。
ー女性パティシエがキャリアを積むことには、想像以上の厳しさ、難しさがあるんですね。
髙橋 当時はいっぱいいっぱいでした。それで次のステップは自分で見つけようと、お店を辞めました。1年くらいブラブラしていたのですが、青森の知り合いから声をかけてもらって、お菓子の商品開発を手伝ったりしているうちに、誰にも邪魔されずに、とにかく私の好きなものを作りたいという気持ちがだんだん強くなって。自分の城を作ると腹を決めて両親に相談したら、実家の空いている場所を貸してくれて、「そこまで言うんだったら、もう好きにしな」と応援してくれました。そして2020年4月に工房が完成し、「M lab.」として6月から焼菓子の販売を始めました。
自分が納得できる焼菓子を自分の手から生み出したい
ーなぜ、“フランス焼菓子”だったのでしょう?
髙橋 ずっとケーキ作りに携わっていたので、洋菓子を食べるとどうしても製法とか、難しいことを考えちゃうんですよね。洋菓子を素直においしいと感じることが難しくなってしまったんです。そんな中で焼菓子を作ることにしたのは、純粋に心からおいしいと思える焼菓子と出会えたから。友人が偶然贈ってくれた神奈川県にあるお店の焼菓子が、自分がそれまで思っていた焼菓子とは全くの別物で。こんな焼菓子を、自分に落とし込んで作り出したい、と思ったんです。
とはいえ、焼菓子づくりの経験はないので、独学です。作ってみて、どうしたらもっと食べたくなるかな、と調整を重ねて、自分が2個、3個と食べる手が止まらなくなったら商品化を決めています。
ー洋菓子とはまた別の角度から挑戦をされているのですね。
髙橋 そうですね。小さい頃から食べることよりも、どうしたら美味しく作れるかに興味があるんだと思います。マドレーヌは口どけが良くて、キメの細かいスポンジのような仕上がりに、とかぼんやりと目指すゴールが無意識にあって、そこに向かって調整を重ねています。
どの商品にも思い入れがありますが、そんな商品が売り場に出て、たくさんのお客さんに届いていっているのを感じる時が一番ワクワクします。おいしさを共有できた、共感していただけたのがうれしくて。最初1つ買ってみてくれた方が、次に来た時にどっさり買ってくれたりする。そういう姿を見ると、「気に入ってもらえたかな」って(笑)。
おいしさを愛をもって作ること、そして守ること
ー最近では、仏壇職人のお父様が手がけた漆器と、お菓子をセットにしたコラボ商品も販売されたそうですね。業界は違えど、職人という面でお父様から受けた影響はありますか?
髙橋 正直あると思います。実家の工房が遊び場だったし、父のものづくりの姿をずっと見てきたので。でもこの頃は、父がまるくなった分、私の方がどんどん頑固になってきたような気もします(笑)。すごく喧嘩もしますが、刺激し合える関係性です。
ー髙橋さんがこれから目標としていることはありますか?
髙橋 やっぱり本当においしいものを作りたいんですよね。そう考えた時に一番おいしいのは、シンプルなお菓子だと思うんです。これまではどのくらい売れるかの反応を見るためにも、日持ちのするもの、個包装にできるものを商品にしていましたが、ありがたいことに販売先もお客様も増えてきたので、フレッシュなものや焼きっぱなしのケーキなど、お菓子の幅を広げて作っていきたいなと思っています。
売れるお菓子とか、作りやすいお菓子だけじゃなく、手間も原価もかかる、だけどちゃんとおいしいお菓子を愛をもって作っていきたいし、守っていきたいです。
オリジナルのコックコートをピシッと着こなし、焼菓子への想いを語ってくださった髙橋さん。そのお話の端々から、理想のおいしさを作り上げるための努力と、より良いものを目指す強い気持ちが伝わってきました。かわいらしい髙橋さんの中にある、頑固な職人魂。そこから生まれる納得のおいしさを、ぜひたくさんの方に味わっていただきたいです!