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「困っている人」をなくしたい。誰もが自分らしく働ける場をつくる

NPO法人あきた結いねっと 理事長 坂下美渉さん

 「身寄りがなく住む部屋を借りることができない」「障害や病気を持っているが仕事がしたい」─。こうした人たちを支援しているのが「NPO法人あきた結いネット」です。理事長の坂下美渉(さかした みさ)さんは約10年前にNPOを立ち上げました。「困っている人をなくしたい」と出所者支援、障害者の就労支援、セレクトショップ「story cat(ストーリーキャット)」運営などさまざまな分野に事業が広がっています。7月の豪雨災害の時もいち早く支援活動に取り組みました。坂下さんに、NPOの立ち上げや事業への思いを伺いました。

福祉の仲間とNPO法人を立ち上げ

─NPO設立の経緯を教えてください。

坂下 2010年から秋田県地域生活定着支援センターの相談員として、刑期を終えて秋田に帰りたいと希望する出所者の支援をしていました。罪を犯していることから出所者は、高齢であっても施設などでの受け入れが難しいのが当時の現実でした。出所者の社会復帰のために一時的な受け入れ先が必要と感じ、アパートの一室を借りてシェルターをスタートしたのが始まりです。2013年、福祉の仲間たちと「NPO法人あきた結いねっと」を立ち上げました

(NPO法人の立ち上げ当初の活動。※写真提供:NPO法人あきた結いネット)

─約10年前、34歳でのNPO立ち上げに不安はなかったですか?

坂下 確かに、当時秋田県でNPOというと定年退職した方などの団体が多かったですね。ただ、全国の刑務所を訪れて出所者の支援をするなかで、各地に支援団体の知り合いができていました。秋田にはホームレスや出所者のシェルターがなかったのですが、都市部には私の年齢と変わらない30代の人たちによる支援団体がありました。仲間の活動を見て「私もできるかも」と思ったのです。「無いものはつくる」というモットーは、NPOのスタート時から変わっていません。

(NPO立ち上げのころの活動風景。お弁当を作っています。※写真提供:NPO法人あきた結いネット)

目の前の困っている人のために動く

─住まいの支援から始めて、障害者の就労やセレクトショップの運営などに事業を広げてきました。

坂下 事業が広がったのは「働く場所がほしい」など、目の前のリアルな人が困っていたからです。実際、〇〇さんのためにグループホームを作った、〇〇さんのために就労施設を立ち上げた、と顔が浮かぶほど。セレクトショップ「story cat(ストーリーキャット)」も、障がい者施設で作られた商品を私が全国から買い付けて販売しています。また、就労継続支援B型事業所を併設していて障害者の働く場でもあります。
事業はスタートアップが最も大変です。資金や労力の面での苦労がありますが、「無いものをつくる」というやりがいがあります。

(美術館をイメージして作ったセレクトショップ)

(就労支援事業所の利用者さんが一つひとつ磨いて仕上げた人気商品)


─「秋田県で困っている人をなくそう!」と活動を続けています。こうした思いを持つきっかけは?

坂下 私自身が幼い時に困難を抱えていたことが大きいと思います。シングルマザーの家庭で、私は5人きょうだいの末っ子。家庭は経済的に苦しく地域からも浮いた存在でした。
高校卒業後就職した会社がバリアフリー住宅を手掛けていて、福祉に興味を持ちました。25歳で大学に入学し、社会福祉士と精神保健福祉士の国家資格を取得。介護に直接携わるなかで、私は相談を受けてどこに困りごとがあるか探り、支援につなげるコーディネートの仕事をやりたいと思いました。
社会福祉士として相談員になり、たくさんの出所者と会ってきました。私にとって、困っている人は同志です。生活に困ってどうしようもなくなったら、以前の私も法を犯していたかもしれない。明日はわが身、という思いが常にあります。

(障害者の雇用促進を考える企業との意見交換会なども行ってきました。※写真提供:あきた結いネット)

だれもが必要とされる場所を作りたい

─支援だけでなく、居場所や働く場所が必要なのはどうしてでしょうか?

坂下 生活に困っている人を生活保護が受けられるように支援したとします。衣食住が満たされても、アパートの部屋でぽつんと一人では寂しい。人嫌いであっても、他者とのかかわりをゼロにしたい人はいないと思っています。助けてもらうだけでなく、自分が必要とされる場があった方がいい。「働く」ということは「周りを楽にする」ということ。「だれかのために何かをしたい」という思いが叶うよう、さまざまな働き方を模索していきたいです。

─現在取り組んでいる事業があるそうですね。

坂下 秋田市桜に新しい拠点を作っています。そこで、制度にとらわれない「働く」を提供しようと計画中です。就労支援施設の利用者さんのためのお弁当づくりを始めます。それからキッチンカーで高齢者施設のお祭りへの出店なども考えています。ソフトクリームや軽食などを準備して、希望するだれもが働けるようにしたいですね。

全国のNPOと連携して災害支援

─7月の豪雨災害でも、いち早く支援活動を始められましたね。

坂下 秋田市南通のセレクトショップ「ストーリーキャット」に幸い被害がなかったので、災害支援の拠点にしました。すぐ全国の関係団体に連絡を取って食料などの救援物資を送ってもらうなど活動を始めました。7月17日には被害に遭った利用者さんの支援に入っています。さらに炊き出しや全国から寄せられた物資の提供、家屋の保全活動などを行っています。
災害支援は初めての取り組みでしたが、いち早く動けたのは、日ごろの活動やショップを通じて全国のNPO団体などとつながりがあったことが大きいです。刻々と変わるニーズに合わせて支援を行っています。

(支援団体、ボランティアが各地から集まってくれました。※写真提供:NPO法人あきた結いネット)

(提供された支援物資を、ストーリーキャットで無料配布しました)

─これからの目標を聞かせてください。

坂下 最終的には、あきた結いネットがいらなくなること、つまり困っている人がいなくなることです。事業が広がっていますが、私は経営だけでなく現場に立っていたいです。ニーズを直接聞いて、必要とされる組織でいたいと思います。これまでも、必要だと思う事業を立ち上げて、軌道に乗ったら撤退するということを繰り返してきました。おかげで人材、資金調達、制度の活用などのノウハウの蓄積ができています。今回の豪雨被害の経験も次に生かすことができます。災害支援に協力してくれたボランティアさんとのつながりも今後に生かしていきたいと思います。

「私にとって、困っている人は同志」という坂下さんの言葉が胸に残っています。「自分もかつて困っていたから、目の前の困っている人を放っておくことはできない」と話す坂下さんには、当事者意識と強い使命感がありました。どんな相手からも信頼を得る術を長年の相談経験から身に付けたといいます。「それも、自分が生き延びるために周囲の大人の顔色をうかがっていた子ども時代と関係があると思う」とさらりと話すのです。困難な経験をすべて力に変えてきた姿が、本当に格好いいと思いました。

DATA

【坂下 美渉さん】
秋田県由利本荘市出身。高校卒業後、社会人経験を経て大学入学。2010年、社会福祉士と精神保健福祉士として登録。2010年、秋田県地域生活定着支援センター発足に伴い相談員となり、2014年まで勤務。勤務の傍ら2013年10月、特定非営利活動法人あきた結いネットを設立。出所者のためのシェルター、グループホーム、就労継続支援B型などを運営。2022年、女性起業家大賞の秋田商工会議所連合会会長賞を受賞。

【特定非営利活動法人あきた結いネット】
秋田市八橋本町3丁目20-21
TEL/018-874-8897
info@akitayuinet.sakura.ne.jp
HP

【セレクトショップ story cat(ストーリーキャット)】
秋田市南通亀の町1-4
営業時間/10:00-16:00
TEL/018-838-5450
駐車場/3台(満車の場合は近隣の有料駐車場のご利用をお願いします)
storycat_onyx@akitayuinet.sakura.ne.jp
※寄付、支援物資、ボランティアなど引き続き募集しています。お問い合わせはストーリーキャット(TEL018-838-5450)まで。
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秋田県内エリア

Writer

FukudaNaoko

FukudaNaoko

2013年より、子育て世代向けにライター活動をしています。日本語や英語で絵本を読む「よみ語り」の活動も続けています。子育て環境、手仕事全般に興味があります。高校生、中学生の2児の母。

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