電気の地産地消を目指す鹿角市の自治体新電力「かづのパワー」の運営を、2019年の設立当初から支えてきた敏腕社員・山本由実さん。薪活グループ「MAKIKORI(マキコリ)」の活動にも積極的に関わりつつ、小・中・高・大学生の4人の子どもを育てるお母さんでもあります。結婚と同時に鹿角に移住した山本さんがエネルギーについて考えるようになったきっかけや、子育てと仕事の両立についてお話を伺いました。

自然豊かな鹿角の地で子育てを
ー仙台出身の山本さんが、鹿角に住んだきっかけを教えてください。
山本 大学時代に夫と出会い、結婚を機に夫の実家がある鹿角に来ました。お付き合いしていた頃から何度か一緒に来ていて、空気がいいし、いい温泉もたくさんあるし、何といっても食べ物がおいしいことに感動したんです。鹿角は、あまりお金をかけずにリッチな生活ができる場所だと思いました。こういう場所で子育てしたいなと思ったんです。
ー鹿角に住んでからは、どんな生活をしていましたか?
山本 私は「子育てを早めに終えてから自分のキャリアを作りたい」と考えていました。だから結婚して鹿角に来て、すぐに子どもを産んで、23歳から30歳ごろまでは専業主婦をしていました。第三子が1歳になった頃、八幡平市民センターに勤め始めました。家からも、子どもたちの学校からも近くて、ちょうど良かったんです。
ー今のお仕事とは、だいぶ違う職種ですね。
山本 はい。転機は、2011年3月11日の東日本大震災でした。出身が宮城なので、周りには被災している人もいました。当時はたくさんの命が失われたし、ものすごく大変でしたが、「復興しよう!」という気持ちの強さを感じました。その気持ちの元になるものは、故郷の原風景だと思うんです。原風景を取り戻したい、もう一度ここに住みたい、という気持ちが復興へと結びつくんだと思いました。
震災後、エネルギーについて考えるように
山本 一方で、「復興できない場所がある」という現実が、エネルギーに興味を持つようになったきっかけです。同じく震災の被害を受けていても、福島の原発がある場所は、復興できないし原風景を取り戻すこともできないんです。「これは自然災害ではなく人災だ」と思い、自分はこれまで何も考えずに電気を使ってきたけれど、今のあり方は間違っているんじゃないかと考えるようになったんです。それから再生可能エネルギーに興味を持ち始めました。
ー山本さんがしてきたエネルギーに関する活動について教えてください。
山本 「環境エネルギー政策研究所」に勉強に行っていた方と話をするうちに、鹿角市は地熱、水力、太陽光、風力などといった豊かな自然が生み出す再生可能エネルギーの宝庫であることに気づき、一緒に「鹿角のエネルギーを考える会」を立ち上げました。2013年から約5年間、鹿角市も巻き込んで、市のエネルギー政策について考える勉強会やイベントを開催してきました。その後、環境省の補助金を活用して、「エネルギーを考える会」で話し合ったことを具体的な形にしようと、3つのグループが立ち上がりました。「発電」に取り組むグループ、「雪中貯蔵」に取り組むグループ、そして私が参加した「冬の暖房エネルギーに薪を使う」取り組みをするグループです。

山本 「MAKIKORI(マキコリ)」と名付けた私のグループは、山を持っているけれど高齢になって木を伐り出すのが難しくなった人、山は持っていないけれど木を伐る技術のある人、そして私のような、自分の家で使う薪を自分で伐るためにチャレンジしたいと考える人がチームを組んでスタートしました。危険がないように考えながら木を伐り出す作業は、難しいからこそ、ものすごく楽しいですよ! 伐り出した木を薪にしてグループの皆で分け、それぞれ自宅の薪ストーブで使います。

活動で培った知識や思いを、実現する場所へ
ーかづのパワーに入社した経緯について教えてください。
山本 「鹿角のエネルギーを考える会」や「MAKIKORI」の活動をする中で、鹿角市との繋がりは常にありました。その中で、たぶん、私のエネルギーに関する知識を波及するパワーを買っていただいたんじゃないかなと思うんですけど、2019年に鹿角市の自治体新電力「かづのパワー」を設立するタイミングで声がかかりました。
ーかづのパワーはどんな会社ですか?
山本 鹿角市の発電所で作っている電気の量は、鹿角市民が使う電気の約4倍なんです。この豊富なエネルギー資源を地域で使える仕組みを作るため、「電気の地産地消」を目指して誕生した電気小売会社です。鹿角市主導とはいえ、設立当初、職員は私1人。社長と2人で全ての仕事をこなしました。エネルギーのことはたくさん勉強していたけれど、小売事業に関する知識は全くなかったので、手探りでのスタートでした。半年かけて、市内の大きな水力発電所「永田(ながた)発電所」の電気を供給する契約を結び、市内の公共施設へ滞りなく電気を供給するというところまでこぎ着けました。

山本 ところが2021年1月、電力卸売市場の価格が高騰した影響で赤字に転落し、2月から事業休止に追い込まれたんです。それから約1年かけて、市場に左右されない価格で仕入れられるような仕組みを作り、2022年4月から事業再開。その後、永田水力発電所に加え、大沼地熱発電所、田代平風力発電所の電気を供給できるようになり、さらに今年4月からは大湯発電所(水力)の電気も供給を開始します。今はもう一人職員が入り、経理などを担ってくれるようになったので少し楽になりましたが、仕事量は膨大です。

ーかづのパワーが目指していることを教えてください。
山本 鹿角市は全国に先駆けて「2030ゼロ・カーボンシティ宣言」をしています。かづのパワーの電気は100%実質再エネ電気なので、もっとたくさんの鹿角市の皆さんに使ってもらうことで、電気由来のC02排出量ゼロを目指しています。さらに、かづのパワーの利益を地域で循環させ、未来を担う子どもたちの支援や福祉などに使っていけたらと考えています。
子育てとの両立。趣味も諦めない!
ーかなり精力的に仕事をしている山本さんですが、子育てとの両立はどのようにしてきましたか?
山本 この仕事を始めた頃、一番下の子が小学1年生でした。それまで勤めていた八幡平市民センターは小学校のすぐ隣にあったので、「学校が終わってすぐお母さんのところに行けると思ってたのに、なんで私が入学した途端にいなくなっちゃうのー!」って言われました(笑)でも、児童クラブも大好きだったのであまり問題はなかったです。結婚当初から夫のお母さんと同居していたので、家のことはおばあちゃんが協力してくれたのも大きかったです。
ー趣味は何ですか?
山本 趣味は、箒(ほうき)作りです。ホウキモロコシから手作りしている「南部巴(なんぶともえ)箒」の作り方を教わりに、岩手県から先生を呼んでいます。好奇心旺盛で、何でもやってみたいタイプなんですよ。自分で見たものや聞いたことを元に行動して、結果を見て腑に落ちて、次に進んでいく感じ。マキコリの活動も仕事も、子どものことも、趣味も、全部やります。諦めない(笑)

「お母さん」という仕事も、自分も、どちらも大事
ー今後、やっていきたいことを教えてください。
山本 「地元の豊富な再生可能エネルギーを、地元で使えるようにしたい」という会社の目的は、そのまま私自身の思いでもあります。だから、実現できるまで全力投球ですね。そして、鹿角で育った子どもたちに、原風景を思う気持ちを育んであげたいです。また、最近クマの出没が多くなっていますが、木を伐ることで山と人里の境界線を作っていくことはとても大事だと思うので、マキコリの活動も長く続く仕組みを作っていきたいです。
鹿角市は「エネルギー永続地帯」と言われ、地域で使うエネルギーをその地域内の再エネでまかなうことができる、全国でも理想的な地域なのだそうです。「いつか目標を実現できた時には、鹿角の再エネの素晴らしさをたくさんの人に知ってもらえるはず」と話す山本さん。エネルギーを「作る人」と「使う人」を繋ぐ架け橋として、なくてはならない存在なのだと感じました。
DATA
【山本 由実さん】
宮城県出身。結婚と同時に鹿角市に移住し、お子さんを4人出産。2011年〜八幡平市民センターに勤務しつつ、「鹿角のエネルギーを考える会」を設立。2017年、薪活グループ「MAKIKORI(マキコリ)」を立ち上げた。2019年10月〜「かづのパワー」設立と同時に入社。「電気の地産地消」を実現しようと奮闘している。