北秋田市の山間部にある、人口800人ほどが暮らす旧大阿仁地域。限界集落と呼ばれるこの土地に移住し、地域デザイナーとして活躍する斎藤美奈子さんは、海外在住経験もあるパワフルな女性です。そんな美奈子さんが、どうしてこの奥山で暮らすことを選んだのでしょうか?自らが中心となって秋田内陸線「比立内駅」内に立ち上げたコワーキングスペース「阿仁比立内がっこステーション」でお話を聞いてきました!
大自然と食文化の豊かさに惹かれて北秋田へ
-北秋田市に移住するまでの経歴を教えてください。
美奈子 大学卒業と同時に飲食企業に就職し、国内外での勤務を経験しました。その後退職してスペインに渡り、1年ほど料理の修業をしていたのですが、2020年に新型コロナウイルスの影響を受けて帰国することになって。その時、北秋田市の地域おこし協力隊の募集を見つけて応募しました。
-どうして縁もゆかりもない秋田県のまちを選んだのでしょう?
美奈子 日本に帰るなら山に囲まれて暮らしたいと思っていたことと、秋田の食文化に関心を持っていたことが大きな理由です。海外に住んでいた時、日本食が海外において一過性の流行ではなく、文化として日本食が根付いてきていること、かつまだまだ伸びしろがあることを感じていました。中でも日本酒や発酵食は海外でも注目度が高く、秋田はその両方が有名なので、秋田県内で仕事を探そうと思いました。
阿仁をユニークでワクワクするまちに
-美奈子さんのお仕事について教えてください。
美奈子 地域おこし協⼒隊では、移住コーディネーターとして、移住・定住のマッチングや情報発信、地域活性化事業に取り組んできました。2023年6⽉に3年間の任期を終えて、現在は「合同会社Anique(アニーク)」という地⽅地域の活性化を⽬指した会社を阿仁出⾝の友⼈(佐々⽊宗純さん)と⼆⼈で⽴ち上げて活動しています。社名は「阿仁に⾏く」「ユニーク」などを組み合わせた造語で、阿仁や秋⽥をもっとユニークでワクワクするまちにしたいという思いを込めています。
美奈子 具体的には、「がっこステーション」の運営、県産食材を使ったホットドッグと立ち飲みのお店「ザ・リハーサル」の運営、地元産のリンゴを使ったハードサイダー「FUSHIKAGE HARD CIDER」の開発と販売、イベントの企画運営などに携わっています。移住前からずっと食に関わる仕事をしてきたので、「北秋田の食を通して新しい人の流れを作りたい」という思いが根底にあります。
地域住民と移住者が集う拠点「がっこステーション」
-「がっこステーション」を立ち上げた時のお話を聞かせてください。
美奈子 この比立内駅の大きな窓から見える風景に感動して、「ここで四季の移り変わりを見ながら仕事ができたらいいな」と思い、地域おこし協力隊員だった2022年に立ち上げました。ここで生まれ育った人にとっては当たり前でも、私にとっては幸せが詰まっている景色なんです。
美奈子 まず最初に、駅舎の物置になっていた部屋をDIYで改修し2022年1⽉に、「コワーキングスペースと地域のコミュニティ広場」としてオープンし、翌2023年11⽉には、理事としても活動している⼀般社団法⼈⼤阿仁ワーキングのメンバーとクラウドファンディングで資⾦を集めて、漬物加⼯所を併設しました。現在は、リモートワークの移住者が仕事をしたり、イベント、研修会、ワークショップなどの会場として活⽤したり、冬季は漬物加⼯所で地域のお⺟さんたちが漬物づくりを⾏ったりしています。
ー地域住民にはすぐに受け入れてもらえたのでしょうか?
美奈子 地域の理解を得るために、約1年半のPR期間を設けました。私は、「もともとその土地に住んでいる人が『よかった』と思えるものを作らないと全く意味がない」と思っています。100%理解してもらうのは難しくても、数年後には地域の人たちが「がっこステーションができてよかった」と思えるようにしたいし、そのために、お互いに歩み寄る時間を大切にしていきたい。
-行政など、周囲の理解を得るのも大変だったのでは?
美奈子 「どうやって収益を出すのか」と何度も聞かれて説明しましたが、資料や口頭での説明だけでは伝わりにくくて。でも、私の中にははっきりとしたビジョンがあったので、最終的には「私には見えてます。だからやらせてください!」と押し切りました(笑)。私、地域おこし協力隊の時から色々と無茶なことをお願いしてしまい、周りにたくさん迷惑をかけてきた自覚はあるんです。でも、どんなに突拍子の無いことを言っても、北秋田市の職員さんたちがちゃんと話を聞いてくれて、私がやりたい方向に進めるように一緒に考えてサポートしてくれました。本当に北秋田市でよかったと心から思っています。
美奈子 私は、何事も最初から協力者がいるとは思っていないので、一度や二度ダメと言われたくらいじゃ諦めないです。「一人からでもやりたいか」と自問自答して、やりたいなら無茶をしてでもやる。行動して可視化していけば、協力、応援してくれる人は必ず現れると信じているので。
地域に根付く「当たり前の暮らし」の価値を守りたい
-漬物加工所を併設した理由は何だったのでしょう?
美奈子 この旧大阿仁地域では、8〜9年ほど前から毎年2月に住民がお手製の漬物を持ち寄って販売するマルシェイベント「がっこ市」を開催しているのですが、食品衛生法の改定により今年の6月以降、(保健所の許可のない)自宅で漬けた漬物が販売できなくなるんです。それで、3年ほど前にがっこ市に出店するメンバーが共同で使える加工所を作ろうという話が出たのがきっかけです。
美奈子 地域の人びとにとって、漬物を漬けるという作業は暮らしの一部なんです。春〜夏は種をまいて、秋に収穫して、冬に漬物を仕込む。そういう、地元の人にとっての「当たり前の暮らし」というのは、とても価値があるものなので、途絶えさせてしまうわけにはいかないなと。
末永くこの土地で暮らしていきたい
-地域おこし協力隊の任期を終えても住み続けたいと思った理由は?
美奈子 私、この大阿仁地域の人たちが本当に大好きなんです。子どもからお年寄りまで、みんなすごく優しいし、すごく面白いんですよ。でも正直に言うと移住当初は、任期が終わったらまた海外に出るつもりだったんです。でも、ここで暮らしているうちに、「もっとここにいたい」「この地域の役に立ちたい」という気持ちがどんどん大きくなって、末永くここで暮らしていけたらなと。移住して3~4年になりますが、ここで暮らす幸せを日増しに実感しています。
-最後に、これからやってみたいことを教えてください。
美奈子 昨年度末で廃校になった旧大阿仁小学校を整備し、地域創生のモデルになるような利活用がしたいですね。あとは、個人的なことですが、アフリカ・ウガンダに行き、稲作を通したコミュニティ開発や貧困地域の食のサポートをしたいと考えています。ここでの暮らしがすごく好きな反面、末永くこの地域と関わっていきたいからこそ時々海外に出て視野を広げることが自分にとって必要だと感じるんです。なので、もしまた海外へ出てもここに戻ってきて、海外で得たことを生かして、新しいチャレンジをし続けたいです。北秋田は、私にとって大切な自分の居場所なんです。
美奈子 人口を増やすことも大切かもしれませんが、それ以上に、人口が減っても住民の暮らしを豊かで楽しく、彩りのあるものにしていくことの方が大切だと思っています。だから、大阿仁の子どもたちも、どんどん外に出て、面白い世界をたくさん見てきてほしい。そして、自分がいいと思ったものをここに持ち帰ってくれたらすごく嬉しいですね。
持ち前の行動力で、旧大阿仁地域に新しい風を吹かせる美奈子さん。「大阿仁のみなさんが『ここで暮らしてきてよかった』と思えるまちをつくり続けたい」と話す表情から、ここに暮らす人びとのことを心から大切に想っていることが伝わってきました。
DATA
【斎藤 美奈子さん】
神奈川県相模原市出身。大学卒業後、飲食企業に入社し、東京とサンフランシスコでの勤務を経験。退職後は料理修行のためスペインへ渡航。帰国後の2020年7月に北秋田市の地域おこし協力隊に着任し、移住コーディネーターとして3年間活躍。任期を終えた2023年に「合同会社Anique」を立ち上げ、北秋田市を中心に地域創生事業に携わっている。現在、Instagramのフォロワー数1万人を目指して奮闘中。自身が運営するYouTubeチャンネルでは「フードハンターこむぎ子」の名で活動している。
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【がっこステーション】
秋田県北秋田市阿仁幸屋渡上添根64-2
営業時間/11:00~15:00
利用料/無料(※一部有料)
※営業日はSNSにてカレンダーでお知らせ
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