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目標に向かって突き進む圧倒的パワー!ニューヨークでベストに選ばれたヘアメイクアップアーティスト

hair and makeup Kelly さん

高校在学中に見つけた夢を追い続け、まさに「行動あるのみ!」を実行してきたヘアメイクアップアーティストのKellyさん。純粋に夢に向かう気持ちは周りの人々を巻き込んで、上昇気流に乗るようにキャリアを積み重ねていきました。そして、人生観を根幹から揺るがす一大事を経験した先に見えた景色とは?

高校時代に出会った生きがい

—Kellyさんが今のご職業を目指したきっかけを教えてください。

Kelly 高校生の時に、休み時間になると友達が「髪を切って」とか「メイクをして」と言って、私のところによく来ていたんです。私自身もヘアメイクが好きでしたし、友達にやってあげるのが楽しくて。それで自然と『好きなことを仕事にできたら…』と思うようになりました。

—そこからどのように行動に移したのですか?

Kelly 高校を卒業してすぐに働きたかったので、両親にお願いして、高校在学中に資生堂美容技術専門学校の通信課程を2年間受けました。うちの両親はとにかく厳しくて、秋田を出るのも反対していたんです。けれど東京に興味があったので、8月の1カ月間は実地授業のため東京に住まなければいけないことは伏せて、通信課を受ける許可を得ました。そして夏休みはまるまる1カ月、東京の寮に入って授業に通いました(笑)。良い経験でした。

美容師になって間もなく決めた目標は「ニューヨーク」

—高校卒業後は秋田市の美容室に就職されたんですよね。

Kelly はい。高校卒業前に秋田市内の美容室を巡っていたところ、素敵な美容室を見つけて、「就職させて下さい」と飛び込みで入りました(笑)。ありがたいことに、その美容室で撮影の仕事などの基礎も学ばせてもらいました。そしてその頃にニューヨーク経験のある美容師さんと出会う機会があって。「私もニューヨークに行きたい!」と直感で強く思いました。

ニューヨークに行く前に、日本の首都も経験した方がいいと思って東京行きを決断したのですが、そこでまた厳しい両親を説得するのに、毎日正座をして半年かかりました。両親は「危険だから」と猛反対していましたが、引っ越しの時には一緒に東京に来てくれたり、アシスタント時代には仕送りしてくれたりと、いつも両親の気持ちには感謝しています。

—Kellyさんは目標が常に明確ですね!

Kelly 秋田の美容師時代に「ニューヨークに行きたい」と言っていたらみんなに大反対されて、クレイジーと言われたこともありました(笑)。でも言霊はあると思って、東京でも「ニューヨークに行きたい」と言っていたら手助けしてくれる人にも出会えました。私は出会いにも恵まれていていつも感謝です。

英語が話せなくてもまず渡米!

—そうして2001年に単身渡米された訳ですね。ところでその頃、英語の方は…?

Kelly ほとんど話せませんでした(笑)。ですので、通勤中やお店などの日常生活の中で会話を耳で覚えて、試しにその場で言ってみて、それから家で調べる、ということを繰り返していました。

あとは同僚が、「今日はLとRの練習よ」という風に毎日教えてくれましたね。言葉についてはもちろん、アメリカ人の髪の性質や好みについても。それからお客さまも優しく寛容な方が多く、いろいろと教えてくれましたし、友人と遊ぶことでも英語の勉強になりました。

—アメリカで美容師として働くにはどのようなステップがあるのですか?

Kelly まずニューヨーク州の美容師ライセンスが必要なのですが、日本での美容師歴が5年以上あると、書類を揃えれば申請することができるんですね。でも私はせっかくなので、現地でマークシートのテストを受けてみたんです。10回受けてダメだったら書類申請しようとチャレンジしましたが、当時は言葉も分からなかったので全然ダメで、結果的に書類でライセンスを取りました。

—ビザの取得についてはいかがですか?

Kelly 難しいけれどアーティストビザ(※1)が取れるということで、ビザ申請に必要な資料の作成や、ポートフォリオ作りのために撮影のヘアメイクをとにかく頑張り、無事アーティストビザを取得できました!
その時フォトシュートをしてもらっていた新人カメラマンに仕事が入ると、私を指名してくれるようになったりと、その後の撮影のお仕事も順調に増えていきました。
(※1)アーティストビザ:科学・芸術・教育・ビジネス・スポーツの分野で卓越した能力を有する者に発給されるビザ。


(ニューヨークでの撮影の一コマと、同僚たちとの一枚)

人生観を一変させた世界的な一大事

—常に前を向いて突き進んでいる印象ですが、ニューヨーク時代に苦労したことや印象深いエピソードはありますか?

Kelly 撮影の現場で英語がつたなくて「帰って」と言われたり、ビザを取るのが大変だったりはしましたが、それはアメリカで仕事する上で当たり前のことなので、あまり苦労だとは感じてなかったです。

ただ、渡米して半年後の2001年9月11日、あのアメリカ同時多発テロ事件が起こったんです。その日の朝もいつも通り出勤前にニュースを見ていたら、煙を上げているツインタワーの映像が流れていて。私はそれを映画だと勘違いしたまま通勤電車に乗って職場に向かっていたら、2機目がツインタワーに突入したんです。駅を降りた私の目の前にはあの惨状が広がっていて、思考回路も止まってしまって…。まず公衆電話に並んで実家に無事を伝えて、5時間かけて歩いて帰宅しました。

—ご家族はとても心配されたでしょうね…。

Kelly もうみんな「日本に帰ってこい」と。でも私は日本に帰ろうと1ミリも思わなかったんです。ここが楽しくて、ここで成長したくて、「ニューヨークにいたい!」と強く思いましたね。でもあんなに死の恐怖を感じたこともありませんでしたし、世界では宗教や政治の違いでこんなに憎しみ合うことがあったのかと、自分がいかに平和な世界で生きていたのかを思い知りました。

それをきっかけに、まず人に対する思いが変わり、自分のことだけでなく周りの人々の気持ちも大切に考えられるようになりました。それから、今世界でなにが起きているか、世界情勢に意識が向くようになりました。

歴史あるニュース・カルチャー誌でベストを受賞!

—その後の活躍が、2007年の『the village VOICE』(※2)での“日本人初のBest of hair stylist in NYC 2007 受賞”という形で実を結びます。
(※2)ニューヨークダウンタウンを中心としたアメリカの歴史あるニュース・カルチャー誌。

Kelly その賞を獲ったことは、最初知りませんでした。ある日お客さまが、「あなた受賞してるわよ!」とvillage VOICEを持ってお店に飛び込んできて、その場にいたほかのお客さんも「ワーオ!」と盛り上がって(笑)。どんな風に審査されたのかは分かりませんでしたが、賞状は後日届きました。受賞が決まってからは東海岸や西海岸、ヨーロッパからもお客さまが訪れたりと大反響でした。

まったく予定になかった結婚と帰国

—ニューヨーク生活11年目の2012年に帰国していますが、その理由は?

Kelly 2011年に横手出身の方とニューヨークで結婚したんです。主人は本当に心の優しい人で、親孝行するために帰国したいと。私としては先ほどの受賞後、アーティストグリーンカードを申請して、永住権を取得したら自分の美容室もオープンして、その3年後にはハワイに美容室を…と10年先まで計画を立てていたので、結婚も帰国も本当に悩みました。友人も「素敵な男性はほかにいっぱいいる!」って猛反対されて(笑)。

でも一生一緒にいられる人だと感じましたし、この人となら人生をシェアすることができるかもと初めて思えたので、帰国を決断しました。3年前に私の父が他界した時に母のサポートもできたので、私自身も親孝行できて本当に良かったです。

—帰国後はどのような活動をしていますか?

Kelly 横手市で二人の息子たちの育児をしながらも、月に1回くらいのペースで美容師やヘアメイクの仕事を続けていました。次男が幼稚園に入った去年の4月からは、週の半分ほどに増やしています。フリーランスなので、横手、秋田、仙台、東京や、もちろん海外でも、どこにでも行くスタンスです!

—仕事量はセーブしているのですか?

Kelly フルタイムで働きたい気持ちもあるのですが、今は子どもとの時間を大切にしたいんです。大好きなニューヨーク時代を手放すのはとても苦しい選択でしたけれど、家庭や子どもというそれまでと違う意味で大切にしたいものができたのも、自分にとっては一つの成長だと感じています。

ヘアメイクアップアーティスト・Kellyとしてできること

—「秋田ではこういう活動をしていきたい」ということはありますか?

Kelly 私と関わることで元気になってもらったり、今までの経験を踏まえて、私にしかできないヘアメイクの提案をしていきたいです。男女問わず、髪がオシャレだったりメイクがうまくできると、うれしいし元気になりますよね。少子高齢化のことを考えて子どもにやさしい企画や、老人ホームなどで高齢の方でもウキウキできるメイクもやっていきたいです。おばあちゃんがきれいになって、おじいちゃんにもウキウキが広がると素敵だな〜って。

そのためにも、今の自分にあぐらをかかないで常に学ぶ努力を惜しまずに、Happyな時間をクリエイトしていきたいです。結婚も出産も自分の予定になかったのが、こうしてご縁があって今があるので、何か貢献できたらと常に考えますね。

—Kellyさんの明るさで周りの人々も笑顔になりそうですね。

Kelly 実は、横手に来た当初は頭と心が一致しなくて、帰国を決めたのは自分なのに気持ちをコントロールできず、泣いてばかりの日々だったんです。でも社会や人と触れ合う時間が増えてくるにつれて、気持ちも復活してきて。独身の頃はこの仕事が生きている意味そのものでしたけど、結婚後は生きている意味の一つに変わったんだなと。お客さんから「うれしい」「ハッピー」と言われると、冗談抜きに本当にうれしいんですよね。そうして人と関わることができて、私らしくいられるこの仕事は天職だと思っています。

アパレルのプロフェッショナルとしてニューヨークで活躍していたご主人は、海外在住歴もKellyさんと同じくらいあるそうで、お二人で「この先もしまた海外に住むなら、ゆっくりとした西海岸かハワイがいいかも」などと会話することもあるんだとか。なんてワールドワイドなご夫婦!世界の最先端の技術を地域に還元したいというKellyさんのご活躍が楽しみで仕方ないです!

撮影協力:秋田市「2FACE」

【Kellyさんプロフィール】
秋田市出身。秋田市の美容室で3年間、東京・青山の美容室で2年間勤め、2001年に単身渡米。ニューヨークで11年間、美容師、ヘアメイクアップアーティストとしてキャリアを築く。2007年、ニューヨークのニュース・カルチャー誌『the village VOICE』で日本人初の「Best of hair stylist in NYC 2007」受賞。担当した日米の有名人・著名人も多数(ホームページ 45hair 参照)。2011年に結婚し、2012年に帰国。3歳と5歳の2男の母。横手市在住。

Writer

熊谷 清香

熊谷 清香

地元タウン誌や広告代理店勤務を経て、フリーランスで企画・編集・取材・インタビュー・ライティング等をしています。拠点令和2年度、秋田県よろず支援コーディネーター就任。中高生の母。秋田市出身。

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