秋田の女性のWork&Life a.woman

4APRIL
2020

今月のCLOSE UP

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カメラでコミュニケーションする。ファインダーを通して人と繋がり面白さを見つけるカメラマン

写真家 「オジモンカメラ」主宰 高橋 希さん

県内を中心に写真家として活躍している高橋希さんには、色々な顔があります。ある時は、リトルプレスの共同制作者。そしてある時は、行列のできる焼き芋屋さん。その時々で多彩な活動を行う高橋さんに、これまでとこれからを伺いました。

人に対する興味が写真への入り口

— 高橋さんは小さい頃からカメラマンを目指していたのですか?

高橋 高校を卒業後、語学の大学に進みたいと思っていたんです。昔から人に対する興味があって。英語ができたらもっと多くの人とコミュニケーションがとれるかなって。でも志望校には落ちてしまい、東京の私立大学の二部(夜間部)の文学部文芸学科に入りました。

そこはユニークな人が多いところで、映画が好きな人とか菓子パンが好きな人とか、自分の好きなことを深く掘り下げる人たちがたくさんいたんです。私の場合はそれが写真で。というのも、カメラがあると不思議と人に近づけるんですよね。それで昼はバイト、夜は学校という生活をしながら、写真をみんなで撮りに行ったりしていました。


(大学生時代、クラスメイト数名でまわしていた交換ノート。映画・ライブ・本の感想を書いたり、妄想から膨らんだ小説など、自由に書きつづっていた/提供:高橋希)

— 人と繋がるツールとして、興味が語学から写真へと変わっていったのですね。

高橋 そうですね。そうしている内に、音楽好きな友人と一緒に『SPYS(スパイス)』という音楽冊子を作るようになったんです。私は写真担当、友人がインタビューする役割で、ライブハウスとかで手売りしてました。学生という立場もあって、いろんなミュージシャンが快くインタビューを受けてくれていたのですが、私が写真をうまく撮れなくて。撮りたいイメージはあっても知識がなくて撮れないことが悔しくて、写真を勉強したいと思って出版社でバイトを始めました。


(1993年秋にSPYS vol.1を創刊。the electric glass balloonの特集や真心ブラザーズの倉持陽一さんの連載ページなど、インタビューメインの音楽雑誌だった/提供:高橋希)


(1999年発行のvol.6ではNEIL&IRAIZAの堀江博久さんを特集。数々のミュージシャンがSPYSに協力してくれた/提供:高橋希)

カメラマンになりたい。でもその道は平坦ではなく…

— 出版社でのバイトは、カメラマンとして入ったのですか?

高橋 本を作る上には写真もイラストもデザインもある。携わる中で写真を色々知ることができるかなと編集の仕事をしていたのですが、制作過程で写真に触れることはあるけれど、撮る技術は学べないってことに気付いたんです。やっぱり技術を学びたいし、人が撮りたい。それで出版社のバイトをやめて都内の写真スタジオに一度入ったのですが、商品撮影が中心だったので数ヶ月でやめちゃって。カメラマンになりたいと思っているのになかなか前へ進めない。今考えるとモラトリアムな期間でしたが、その後写真家の川村悦生さんを紹介してもらって、そこでようやくきちんと写真を学べました。

— 当時のお仕事で印象に残っているお仕事はありますか?

高橋 入った初日から2日間くらい家に帰れなかったことかな。川村さんはカラーネガフィルムで撮影することが多かったので、ベタ焼きやプリント、掃除までがアシスタントの仕事だったりと、撮影だけでなくそのほかの作業もものすごく多かったんです。ハードではありましたが幅広く技術を教えてもらい、約2年後にフリーランスのカメラマンとして独立して、音楽系の雑誌を中心に活動していました。


(雑誌で撮影したRIP SLYMEの写真/提供:高橋希)

この先を考えた時、浮かんできた場所が秋田だった

— その後東京から秋田へと活動の場所を移されたのはどんな理由があったのでしょう?

高橋 2011年の東日本大震災を経験したのがきっかけのひとつです。結婚して子どもを育てながら仕事をしていたのですが、住んでいた場所の放射線量の高さや食べ物の安全性にも日々不安を感じていました。

同じ年に開催されたプロカメラマン向けのワークショップに通ったのも大きかったですね。毎月自分の作品に対する講評をもらうというものだったのですが、とあるゲストに「君さ、東京じゃなくて地方だったらソコソコいけるんじゃない?」って言われたんです。すごい失礼だなーコノヤローと思ったのですが、同時に秋田に帰るというのも1つの選択肢なんだなとも思ったんですね。

高橋 当時私は36歳。40歳を過ぎると仕事が激減するという、いわゆる「クリエイター40歳問題」も気になっていました。
色々なことが重なってこの先どうしようかと考えたとき、いつ死ぬか分からないからこそ、何かあった時に助け合える、声を掛け合える身内がいる場所に住みたい。そう思って2013年に家族で秋田に戻ってきました。

写真への新たな入り口を仕掛けていく日々

— 秋田での活動はどのように広がっていったのでしょう?

高橋 地方でカメラマンの仕事というと、結婚式や運動会、情報誌といった限られたイメージしか持てていなかったんですね。でもその頃に、秋田でフリーマガジンの『のんびり *』が出てきたんです。いろんなクリエイターの手で、面白い視点で作られている『のんびり』が秋田で受け入れられるということは、この場所のモノの見方が変わってきているのかもしれないと思えました。

そこでまずのんびり編集部に自分の作品を持参し、面接後、カメラマンとして『のんびり』の撮影に携わるようになりました。
*のんびり:秋田県が2012年から2016年までに発行していたフリーマガジン。


(『のんびり』で特集した秋田の寒天文化。この写真を目にしたことがある方も多いのでは/撮影:高橋希)

高橋 それとこれまでとは違う写真への入り口をいろんな角度から試してみたいという気持ちもあって、「オジフェス」というイベントを企画して始めました。1回目は東京で撮ってきた友人のポートレートを展示し、2回目は秋田に戻ってから出会った方々の写真作品を展示するという形で。そして3回目からは仲間たちとセルフリノベーションした潟上市の「こだま会館」を会場にして、複数作家の展示に変えて、4回目まで開催しました。


(オジフェス1回目の様子。作品を展示している空間で雑貨販売や飲食提供をしてもらった/提供:高橋希)


(複数作家によるアートイベントとして開催したオジフェス3回目。作品テーマ「ばける」は、ハレの場を楽しむポートレイト作品/提供:高橋希)

秋田で見つけた面白さを伝える『yukariRo』を発行

— 「オジフェス」は、どんどん規模が拡大していきましたよね。

高橋 自分から動くことで人との繋がりが広がっていきました。その中で、秋田には他にも面白いなと思うことがあって、そういうのを楽しめる場を持ちたいなと思うようになったんですね。それで、以前東京で編集の仕事をしていた三谷と秋田で出会い、秋田の普通の暮らしの中にある面白さを紹介しようと自費出版で始めたのが『yukariRo(ユカリロ)』です。

2013年に活動をスタートし、今年7月に3号目を発行。当初から東京の本のイベント「BOOK MARKET」に出展していて、最初は「なぜ、秋田から?」という反応だったのが、今は参加している数十社の中でも販売数で4位に入るまでになりました。


(三谷葵さんとの出会いから始まった『yukariRo』/提供:高橋希)


(じわじわと人気を高め、創刊号は増刷した分も品切れに/撮影:高橋希)

— また再び出版の世界へと結び付いていったのですね。『yukariRo』は高橋さんにとってどんな活動の場ですか?

高橋 『yukariRo』は自分自身と真剣に向き合う場所ですね。どこにもない景色を見たいし、毎回違う挑戦をしていきたいから、三谷と私と、お互いに突き詰めながらやってます。これくらいでいいかなっていうのができないので、いつも真剣勝負です。


(『yukariRo』に掲載された凍み大根の写真。県内のさまざまな場所で取材を行なっている/撮影:高橋希)


(最新号のvol.3では、手から生み出されるさまざまな仕事を特集/提供:高橋希)

高橋 『yukariRo』を漢字で書くと「縁路」。縁があれば、秋田に限らずにおもしろいものを見つけて紹介していきたいし、ゆくゆくは英訳した記事を発信していけたらいいですね。
外への意識でいうと、今携わらせてもらっている秋田魁新報の特別企画『ハラカラ *』も同じです。地域の魅力を伝えるローカルメディアだからこそ、他県に住む同じ志を持つ人たちと繋がっていけると思っています。
*ハラカラ:秋田魁新報に毎週第4金曜日掲載。2019年9月からスタートし、ユカリロ編集部を含む3チームが順番に紙面を構成している。


(秋田で独自取材した記事はもちろん、全国の様々なクリエイターによるリレーエッセイも必見!)

— ところで、高橋さんが作る焼き芋で話題の「オジモイモ屋」も自主企画で始められたのですか?

高橋 いえいえ。焼き芋を作るのは東京にいる頃からの趣味で、「オジモイモ屋」はあくまで趣味の延長です(笑)。でも皮までおいしく食べてもらえるようにと、秋田県内の複数農家さんから無農薬のさつまいもを仕入れています。同じ品種でも育った土壌で仕上がりが違うし、追熟で味が変化してくるので、焼きがいがあります。


(愛用している焼き芋専用の土鍋。2台を同時に使用するDJスタイルで焼き芋を作っている)

— 写真からリトルプレス、そして焼き芋!活動の幅が本当に広いですよね。高橋さんが、次にやりたいことは何ですか?

旅に出たいですね。秋田に戻って7年目、目も気持ちも慣れてきちゃうじゃないですか。だから一回外に出たら、また新しいものが見えてくるんじゃないかなって。あと、外からここへ人を呼ぶこともしたいですね。それもあって、このスタジオを作る時に、アーティストが宿泊して展示ができるようにしたんです。内外への人の出入りを攪拌することで、また面白い人やものと出会っていけたらと思っています。


(自宅に隣接する広々とした新築のスタジオには、駐車場やバス・トイレも完備されている)

カメラをきっかけに、新しい人との出会いや繋がりへ。高橋さんがファインダーを通して見つめる先にどんな景色が広がっていくのか、またそれをどう表現し私たちに伝えてくれるのか、これからの展開に注目です。

【高橋希さんプロフィール】
秋田市生まれ。明治大学卒業後、写真家・川村悦生氏に師事し独立。フリーランスのカメラマンとして活動していたが、2013年秋田へ戻る。写真家として活動しながら、アートイベント「オジフェス」や、“ふつうの人の、ふつうの暮らし”をテーマとしたリトルプレス『yukariRo』を仲間と共に制作するなど、独自の企画で活躍の場を広げている。

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【高橋さんが合同企画する近日開催のイベント】
mag × オジモイモ屋 合同企画「 five years for our side」〜 芋を売るつもりじゃなかった 〜」
日時:2019年12月14日(土)11:00〜15:00
場所:mag(秋田市中通2丁目1-48仲小路ビルB1F)
内容:シェアオフィスmagとオジモイモ屋との共同イベント。高橋さんが焼き芋を作って販売するほか、様々なお店が揃います。

この記事を書いたライターこの記事を書いたライター

mitaslab.

日々ときどき旅。日常と非日常を行ったり来たりしながら、毎日をアップデートするひとりプロジェクトをしています。現在は二拠点生活に挑戦しながら、フリーライターや企画で活動中。

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